以前、当ブログで公開した「歯科医療法人の年商ランキング」の記事には、非常に多くの反響をいただきました。経営者である以上、他院の数字や成長スピード、そして「勢いのある法人が何をしているのか」への関心の高さを痛感しています。
しかし、ランキングの結果を眺める際に、本当に注目すべきは「数字そのもの」ではありません。「なぜ、その規模まで拡大できたのか?」という背景にある「仕組み」にこそ、自院を成長させるヒントが隠されています。実は、上位法人の多くが直面し、そして乗り越えてきた共通の課題があります。それが「属人化からの脱却」です。
今回は、ランキング上位の法人が今、最優先で取り組んでいる「情報の伝え方の標準化」の本質について深掘りしていきます。
1. 院長一人の「頑張り」に依存する経営の限界
歯科医院の運営において、最も大きな資産は「人」です。特に、院長先生の情熱や説明力は、患者さんの信頼を獲得する最大の武器でしょう。しかし、多くの医院では、患者さんへの啓蒙やカウンセリングが、以下のような特定の個人のスキルに過度に依存しています。
- 院長個人の圧倒的な熱量と、長年の経験に裏打ちされた説明力
- 特定の優秀な歯科衛生士のコミュニケーション能力
もちろん、これ自体は素晴らしいことです。しかし、分院展開を考える際や、より多くの患者さんに質の高い医療を届けようとする際、これが「見えない天井」となります。院長が診療で手一杯になれば、一人ひとりの患者さんと向き合って詳しく説明する時間は物理的に削られてしまいます。また、優秀なスタッフに頼りすぎていると、その方の離職によって医院全体の「伝える力」が大きく変動してしまいます。
「人に頼りすぎる経営」は、現場の忙しさがそのまま「伝え漏れ」に繋がるリスクをかかえています。ランキング上位に名を連ねる法人は、このリスクを回避するために、「誰が担当しても、どのユニットに座っても、同じ納得感を患者さんに届けられる環境」を整えることに注力しています。
2. 視覚情報を活用した「納得」のメカニズム
ランキング上位の法人が共通して実践しているのが、待合室やカウンセリングルームでの「視覚的な情報提供」の徹底です。なぜ、対面での会話を大切にする歯科業界で、あえてデジタルな映像ツールが重宝されるのでしょうか。
情報の「鮮度と質」を一定に保つ
人間による説明には、どうしても「ムラ」が生じます。当日の予約状況の忙しさや、患者さんとの相性によって、伝えるべき重要なポイントが抜け落ちたり、簡略化されたりすることがあります。一方、整理された視覚情報(動画など)は、常に「最善の情報の組み合わせ」を、最も伝わりやすい順序で届け続けます。これにより、医院としての情報の質を一定に保つことが可能になります。
「説得」を「理解」に変える客観的なアプローチ
チェアサイドで先生から直接「この治療が必要です」と提案されると、患者さんは心のどこかで「自分は正しく選べているだろうか」という不安を感じることがあります。しかし、ユニットに座る前のリラックスした時間に、映像を通じて一般論としての「予防の重要性」や「最新治療の選択肢」に触れていると、患者さんの心理は「説明を聴く」準備が整った状態になります。
この「事前情報の提供」があるからこそ、いざドクターと対面した時には、患者さんの側から「さっきの映像で見たあの方法について、私の場合だとどうなりますか?」という、より前向きな質問が生まれるようになるのです。これが、無理のないスムーズなカウンセリングの実現に繋がります。
3. 待合室の時間を「価値ある学びの場」に変える
多くの院長先生にとって、待合室は「患者さんに静かに待ってもらう場所」であり、経営的には「待ち時間というマイナスをいかにゼロにするか」を考える場所かもしれません。しかし、売上の安定している医院は全く異なる捉え方をしています。
彼らにとって待合室は、「患者さんのデンタルリテラシー(健康への関心と知識)を高めるための、大切なコミュニケーションの場」です。雑誌を眺めている5分間、スマホを操作している10分間を、動画によって「健康への気づきの時間」に変える。これだけで、ユニットに座った瞬間の患者さんの表情や、治療に対する協力姿勢は劇的に変わります。
例えば、定期メンテナンスの重要性をスタッフが一人ひとりに15分かけてゼロから説明するのは大変な労力です。しかし、待合室でその「価値」が視覚的に伝わっていれば、スタッフの負担を増やすことなく、定期検診の継続率を自然な形で高めていくことが可能になります。
4. システムに任せて、人は「心」に集中する
「デジタルの活用は、温かみに欠けるのではないか」という懸念を持つ先生もいらっしゃいます。しかし、現実はその正反対です。
「予防の仕組み」や「治療の選択肢の基礎」といった、誰が話しても変わらない「定型的な情報提供」をシステムに委託することで、スタッフや先生には「心の余裕」が生まれます。
その浮いた時間を使って、患者さんの不安な表情に気づき、「何か気になることはありますか?」と寄り添う。あるいは、その患者さん固有の悩みにじっくりと耳を傾ける。これこそが、機械にはできない、歯科医療従事者にしかできない高度なコミュニケーションです。デジタルを活用する真の目的は、単なる効率化ではなく、「人間が、人間にしかできない温かい仕事に集中できる環境を作ること」にあるのです。
まとめ
歯科医療法人の売上ランキングで上位にランクインする医院は、例外なく「伝える仕組み」の重要性を理解しています。待合室を単なる「待機場所」から「健康への理解を深める場」へと再定義することで、現場の忙しさに左右されない、安定した経営基盤を築いているのです。
では、具体的にどのようなフローを構築すれば、一人で運営する医院でも無理なく「伝える力の標準化」を実現できるのでしょうか?
当ブログでは、まずは第70記事目の節目に向けて、その具体的な設計図や導入のステップを順を追って紐解いていきます。その際には、これまでの内容を整理した特別なまとめコンテンツも用意する予定ですので、日々の診療のヒントとしてご活用いただければ幸いです。
次回は、より身近な実践編として、「待合室を活用して、患者さんのセルフケアへの関心を自然に高める方法」について詳しくお届けします。
